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日常にあるWhy so?
★何故責任の所在が曖昧なのでしょう・・・
仕事の結果がおもわしくない時、程度の大小の違いはありますが通常責任を問われることになります。しかし、実際の責任の所在が曖昧なことはよくあります。それはどれだけ組織と役割を明確にしていても、それらがMECEにはならない ことに起因しています。そしてそれは、そもそも組織と役割が全ての業務を初めから網羅してはいないので、組織と組織の間には必ず隙間があるということです。また、一方ではどの組織間でも初めから役割が重なっていて、どちらにも責任があり責任に主従がないということです。このようなことは実は日常的に起きており、組織が機能している時は問題ないのですが、何かが滞るようなことがありますと途端に責任論が浮上してきたりします。

企業としてはこれを解決しようと組織と役割を明確にしようとより詳細にそれらを規定しようとしますが、業務の内容がそもそも時代と共に変化している今では、その‘作業’が追い付かないのが現状でもあります。従って、今は組織と役割を詳細に規定することに時間をかけるよりも、働く意識を変える方が効果的なのではないでしょうか。即ち、誰の責任でやるか ではなく、自分の責任でどこまでできるか という意識を持つことによって、既成の枠に囚われない仕事の進め方ができるということです。その結果、意識の高い人に仕事が集中してしまうという多少の懸念もありますが、少なくとも責任の曖昧さは以前よりは解消されると思います。

★何故成果にこだわるのか・・・
ある優勝したアスリートが「成果を出そうと思って競技に臨んだ結果ではなく、美しい演技を目指してきたものが評価され嬉しいです」と語っていましたが、勝者の弁としてある種の感動を感じるものであると同時に、我々が仕事をする上でも考えさせられることがあるような気がします。

通常我々は仕事の成果によって評価され、近年では数値化し難いものまで計測可能なモノサシに置き換えられて評価されたりしています。しかし、アスリートの例では我々に ‘成果’と‘信念’という2つの軸があることを明示してくれています。即ち、仕事の成果を出すこととは別に、自分の目指す仕事の仕方をはっきり描くことが大事なようです。
2つの特徴はそれぞれ、成果は自分の達成感が満たされるものであるのに対して、信念は使命感によって自分が鼓舞されるというものです。また、成果は時に人を驚かせたり、喜ばせたりすることができますが、一方で信念は人を惹きつける効力があります。

今我々は、特に成果によって人から判断されることを念頭においていますが、自分の信念が仕事に与える影響を考えますと、成果だけでなく信念も呼び起こす必要があるような気がします。




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[2011/10/16 00:59] | キャリア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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